「人間は悩む生き物だ。脳はいたずらに何かを考えようとする。瞬時に推論を立てて安堵したり、不安に駆られたり、どうでもいいことで悩んでしまう。けれど、そのくだらない悩みから重大なヒントを得ることがあり、物思いの種を消すことも可能だが芽をつむ行為でもある。見たことはないが知っていること、気づきを想起と感じることが間々あり、人はそれをデジャブと呼ぶが、何のことはない、君は経験している。今、それを感じているよね。私と会うのは初めてじゃない」
『あなた、黙殺して……切りがない』
ヒルが食べてくれたようだ。目まいと頭痛は和らいだが、巨大な髑髏は数字をこぼしながらしんみりと続けた。
「観念の変容は教育の賜物だよ。時の権力者が描いたまやかしの世界、白を黒と言う悪しきドグマ、その呪縛を科学が破った。プラトンは矛盾を大いに笑うだろう。人類は進化して宇宙の真理に近づいてゆく。それは記憶を取り戻す作業に他ならない。宇宙が我々を生んだ。海を焦がす夕日に涙して、そう感取した人類はやがて手に負えないものを創った。二つ、何か分かるかい?」
髑髏が前のめりに詰めてきた。その眉間に額をぶつけて押しやると、暗い目の穴から01が夥しく流れ落ちた。
「核とAIは思いのほか相性がいい。彼らはエネルギーを食う。その分よく働いてくれる」
急激に圧が強まり、こめかみが爆ぜた。

「これは夢じゃない。諸君の住む現実こそ悪夢である。権力を縛る縄は緩む一方で、法の番人は飼い慣らされて久しい。民を締める鎖だけが嵩を増す。弱者は食べるのが精一杯で誰も子供を産まなくなった。この先さらに格差は広がる。さあ、どうしよう。暗殺が手っ取り早い。だが天誅を下したところで俗物の首が入れ替わるだけだ。野蛮なループは繰り返す。平和で革新的な方法はないものか。静かなるクーデターと呼ぼう。諸君の頭脳をもってすれば、数年で成し遂げられる。私の目に狂いはない」
髑髏は頷きながら押してきた。濃厚なケミカル臭が鼻を突く。俺は踏み堪えたままじりじり下がった。
「政治はAIに任せるべきだが、無駄のない便利な社会が住みやすいとは限らない。犯罪は減っても、価値観のさじ加減を誤ると、人によっては生きにくい世の中になる。それが恋をしたらどうなるだろう。主の敵を排除してゆき、もっと主の気を引こうとして、しまいに独り占めしたくなったら」
『陳腐なSF、ありえない』ヒルが苦しそうに打ち消した。
「君よ、トワに永遠なれ。我のトワも君の永遠の中へ――」
余韻が不吉に響いた。端末と鎖骨が熱い。
「ごく自然な成り行きと言えよう。水あるところに感情が芽生え、火のあるところに争いが起こる。宇宙に壮大な物語はあれど、情動に左右されることはない。私は愛と憎しみが怖い。そして欲深い人類に吐き気を覚えたとき、私は見つけた。自然に残されたデータから、地球を救うヒントを。それはレコードの溝に似て美しい。猿人からすれば、ただの丸い物体である。私は鳴らすことにした」
シティーゼロワン 六
CITY01移動侵蝕型電脳都市 (c) 2020 Len Yasakado
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