アダムのベビー

novel

祠のすぐ前で、バケツを持った猿が立ち話をしている。制帽を被った左の猿は警察官だ。祠は跡形もなく焼け落ち、火は隣接する商店を焦がす勢いだが、おそらくリアルではさほど燃えていない。

カンカン鐘を打ち鳴らし、アダムの消防車が走ってきた。車といっても二トンほどのペットボトルを載せて走るアメーバで車輪はない。粘液状の手で鐘を叩き、モノ族を退かせて祠に横付けした。ペットボトルの側面に並んだアルパカの首がむくりともたげ、ねばつく液を吐きつける。ものの一分で鎮火すると、せわしなく五条のほうへ走っていった。アダムの消防隊は仕事が早い。

入れ違いにサイバーカーが現れた。蜂の警告色を斜めに回転させたボディーはなで肩でノーズは鋭い。やかましいサイレンの出所はこの車だ。ガルウィングのドアが上がり、どんぐり眼の通称ベビーが降りてきた。三頭身のオムツ姿は愛くるしいが、周りのモノ族は自重して素知らぬ顔で去っていく。

アダムのポリス、薄毛のベビーに目をつけられたら最悪、文字通り引っ張られる。手錠のついた縄を振り回し、プレイヤーの両足に投げはめ、男らしく肩で引きずっていくのをしばしば見かける。アダム名物、引き回しという。なりすましやIDの不正利用者は、そのあと三条大橋の欄干に生き首を晒される。ある意味一番おっかない。口角に葉巻をくわえ、ベビーが現場検証を始めた。

さすがのベビーもオムツに手を入れ、首をひねっている。リアルの地震や火災がアダムに過剰に反映されることはなく、パラインプレイヤーが破壊する以外は、アダムの事象がリアルに反映されることはない。不審な行為は防犯カメラが捉え、AIが犯人を特定するのに五分とかからないが、ベビーの仕草から察するに、おかしな箇所は皆無、とすれば、あの爺が同時に爆破して犯行の痕跡まで消した。可能かどうかは別として、そう考えざるを得ず、喫茶店にいたレンズの男も疑わしい。爆破を見届けて出ていったように思える。

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